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Osaka Doyu-Kai

vol.9

わが街探訪

月を見上げて思いをはせる

Profile

大阪中央ブロック/中央南支部

エス・ケー・データ株式会社

北川 眞里

大阪市内を南北に走る道として最初に整備された四ツ橋筋と、東西に横断する幹線道路、長堀通が交わる交差点、四ツ橋。この地名はかつて実際に四つの橋が架かっていたことに由来します。

 江戸時代、幕府の都市整備により大坂には人工の川「堀川」が多く引かれました。西横堀川と長堀川も1620年前後につくられ、その交差する上に、北側に「上繋橋(かみつなぎばし)」南側に下繋橋(しもつなぎばし)」、東側に「炭屋橋」西側に「吉野屋橋」が架けられました。上方浮世絵師芳瀧(1841-1899)の「浪花百景」に当時の四ツ橋の様子が描かれています。

 その後「堀川」の多くは1970年ごろまでに埋め立てられ、これら四つの橋も撤去されました。当時をしのぶよすがとして、交差点の東側に四ツ橋跡が整備されています。阪神高速道路を隔てた横堀筋沿いには「東の芭蕉 西の鬼貫」と並び称された俳人、上島鬼貫の句碑が設置されています。

 後の月 入りて貌よし 星の空今はスマホの画面を見ながら歩く人の多い交差点ですが、橋が架かっていた当時の大坂町人たちは、この四ツ橋で、夜空を見上げて楽しんだようです。

四ツ橋跡

 

鬼貫の句碑

 

浪花百景 四ツ橋(大阪府立中之島図書館所蔵)