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Osaka Doyu-Kai

vol.7

特集「 今こそ、変化の先に踏み出そう!」

三代目社長の苦悩と変化への展望

Profile

中河内ブロック/東大阪第一支部/2000年度入会

チトセ工業株式会社 代表取締役

中西 進之輔

所在地:大阪府八尾市西高安町5-3 / URL:https://www.chitose-kk.co.jp
創 業:1962年 / 設 立:1964年 / 資本金:3,000万円 / 年商:10億円(2023年6月期)
社員数:47名(アルバイト・パート含む)
事業内容:金属プレス加工、無酸化炉中ろう付け加工、無線電子機器設計製造

より良いものを、より良く

私達は、人々に信頼されるものづくりを通して、より良いくらしの一端を担い続ける企業を目指します。 私達は、常に一歩前進の姿勢で創意工夫に努め技術力を磨き、より良い未来へ成長発展し続ける企業を目指します。 私達は、夢と誇りを持ち人間力の向上に努め、より良い人生を実現し続ける企業を目指します。

会社の創業からの成り立ち

チトセ工業株式会社は1962年に中西さんの祖父が枚岡の地で創業し、2年後の1964年に法人成りすることから始まります。当初の事業内容はスプリングなど線材の加工でした。これは当時の枚岡地域の地場産業として伸線業が盛んだったことに起因します。
当時の時代背景としてニーズがあったこともあり、タバコという嗜好品を製造するための機械の部品製造を手掛けていました。その後、高度経済成長の波もありプレス加工に業態を転換。現在では金属プレス加工に加え無酸化炉中ろう付け加工と無線電子機器設計製造という三つの事業が柱になっています。

 

 

初代から二代目、三代目へと渡された変化のバトン

中西さんのお父さんが二代目として創業からバトンを託されたわけですが、創業者である祖父はイノベーターでゼロイチを作ることが得意でした。東京に納品に行って、売上を飲み代で使い切ってくるような豪快な創業者だったようです。

そんな祖父を見ていた二代目のお父さんは、職人というよりは経営者として数字に強くなることや、時代の潮流に合わせた事業展開が必要と考えました。そして、プレスやろう付けといった受託加工だけでは、業績がユーザーの景気に大きく左右されます。そこで、経営の多角化の手段としてもくろんだのが自社製品開発です。当時、大手企業で無線機器開発を手掛けてこられた早期退職者の方が入社してくれたことと、国のプロジェクトで作ってほしいという要望も重なり「ログビー」というオリジナル製品の開発につながりました。

中西さんは入社から5年目、30歳という若さで代表に就任しました。学生時代はバンド活動に明け暮れ、塾講師などのアルバイトをしながらプロのミュージシャンをめざしていました。しかし自身の才能に限界を感じ、そこで大きな挫折を経験します。人生の岐路に立ち、これからのことを考えた時に、家業であるチトセ工業や家族のことが頭をよぎりました。

幼い頃から周りには三代目、三代目と言われてきましたが、中西さんは父親から「会社を継いでくれ」と言われたことはただの一度もありませんでした。しかし、父親の経営者としてのかっこよさに憧れを持っていたことや結婚を考えていたこともあり、自ら嘆願しチトセ工業へ入社します。

 

 

入社してからの苦悩

入社当初、周りの社員さんたちからは「何も知らんモンが何しにきたん?」とか「ボンボンがきたわぁ~」などと面と向かって言われることもあり、精神的に辛い時期もあったそうです。しかし、持ち前の根性で営業活動などに必死に取り組むことで徐々に社員さんとの信頼関係を築いてきたようです。中西さんは見かけによらず体育会系の根性がバンド活動時代に根付いており、今どきの若者ではあるものの、仕事に対してはストイックに向き合っていたそうです。

社長になる前は営業、生産管理、人材採用、広報などの業務を担当する傍ら、社内の改革を担う部署を託され社内の制度整備を少しずつすすめてきたそうです。また、社長に就任した現在も経営全般のみならず、マーケティングや広報などの実務もこなします。

 

 

同友会との関わり

父親は同友会の入会が2000年で会員歴も23年と長く、また東大阪の支部では有名な方です。中西さんは小さい時から同友会の存在を知っていたそうです。当時は「同友会=お父さんが酔って帰ってくるところ」くらいの認識で「なぜそんなになるまでお酒を飲むのだろう」と不思議に思っていたそうですが、今となっては中西さん自身が若くして会社の代表に就任し、経営者としてのプレッシャーや悩みが増えることで、同友会でたくさんの仲間や相談相手がいることに助けられていることが多くなってきたそうです。今ならお父さんの気持ちも理解できると思いました。

 

 

同友会に入って経営指針確立・実践セミナーを受けたときの感想は

就任前は父の後ろを交通整理しながら付いていく感じだったのが、今はすべての意思決定や責任を背負いながら社長として会社や社員を引っ張っていく必要性に対して、不安や悩みがありました。

そんな時に、同友会の仲間に誘われ、2023年5月から経営指針確立・実践セミナーに参加しました。第2講はしんどかったですが、理念の大切さはわかっていました。先代が残してくれた経営理念を変えたくないと思っていましたし、理念ごと会社を承継したと思っています。結果的に自分なりの言葉で少しアレンジを加え、根幹は変えずに整理ができてよかったです。

 

 

現在の課題と将来の展望

現在の課題は「ヒト」と「カネ」です。まずお金の問題に関して、社長に就任して初めての決算は赤字でした。原材料費や電気代などの仕入れ価格の高騰のあおりを受け、コロナ禍で落ち込んだ売上は回復してきたものの利益が残せませんでした。さらに設備投資として10億円かけて新工場を建設したこともあり、キャッシュフローが悪化したことも大きいです。これに対しては粘り強い価格転嫁への取り組み、そして徹底した原価管理、固定費の削減などにも地道に取り組んでいます。

そして、もう一つの課題は人材採用と育成です。社内の平均年齢は高くはないですが、幹部クラスの世代交代に焦りを感じています。代表は父から交代しましたが、私の叔父である副社長以下経営幹部は父の世代です。さらに社員一人ひとりの視座ももっと高めていかなくてはならないなど、人材の育成には常に課題を感じています。外国人の応募もコロナ以前は盛んでしたが、コロナ禍を経て状況が変わりました。新卒採用は2021年卒から新たにチャレンジし、隔年で行っています。最近では嬉しいことに、一度退職した社員が戻ってきてくれることもありました。

今後の展望としては、経営指針確立・実践セミナーでの経験も生かしながら社員への理念浸透を図り、一致団結して経常利益10%を安定して出せる状態を達成したいと考えています。

 

 

取材を終えて

今回の取材で、新工場を見学させてもらいながら若い中西さんのインタビューを通して、年齢は関係なく経営者になるという覚悟と決断が大切だと感じました。創業者だろうと後継者だろうと、社会の公器である企業のトップとしての気概と責任をどう受け止め、自らの人生とつなげていくかが経営者には問われると感じました。

 

(取材:佐藤、上田、赤坂、大西/文:佐藤 写真:上田)