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Osaka Doyu-Kai

vol.101

わが街探訪

古代河内湾の面影を残す 〜清少納言の歌に詠まれた勿入渕〜

Profile

大阪東ブロック/大東四條畷支部

株式会社山田製作所

山田 雅之

JR学研都市線、鴻池新田駅を降りて北側に進み、 寝屋川を越えたすぐのところに「勿入渕(ないりそふち)」の石碑があります。 古代河内湾と呼ばれる海であり、弥生時代から古墳 時代に上町台地の北側が閉じて大きな河内湖といわれる湖になります。平安時代にはどんどん縮小し大きな池になり、そのころに「勿入渕」と呼ばれるようになりました。平安時代の中期には清少納言が枕草子で 「ないりその渕たれにいかなる人のをしへけむ」と歌っています。

古堤(ふるづつみ)街道を行く

 

その後、現東大阪市側の新開池と大東市側の深野池とにわかれ、新開池の北側には大阪の京橋と大和(奈良)を結ぶ街道ができ、大和川の付け替えなどを経て、明治時代に古堤街道と呼ばれるようになりました。「勿入渕」の石碑から南に少し戻った寝屋川の手前に、細い曲がりくねった旧道が住道駅まで 続いています。鴻池から住道までにはいくつかの神社があり、今も近辺の子どもたちが通学で使う道です。自分も通学で通った道が歴史 ある街道だったと は。またもう一度ゆっくりと歩いてみたいです。

勿入渕の石碑

平成23年説明看板が立てられた

 

海がそこまで入り組んでいた古代より、次第に川上から土砂が運ばれ上町台地となり、その間に残された湖はやがて大きな池となりました。勿入(な告りそ)…名は告げないで、とかいう意味だそうで、おかしな名前です。そんな名前に興味を持たれてか、いにしえの枕草子のなかに詠まれた一節をご紹介いただきました。来年のNHKの大河ドラマは紫式部が登場するそうですがとても楽しみです。清少納言もお互いの文 学を確かめ合う場面に登場するのでしょうか。

(編集 西岡)